「ええ、渡したわ。私とあなたの子供。」
「 流れたっていうのは。」
“選べ”と言われたのよ。あいつらに。」
「だから私は、あなたを選んだの。」
なぁプーカ。俺はあの時、

一体どんな顔をしていたんだ?

泣いていたのか?怒っていたのか?

それとも・・・。












4年前。


12月初旬。アイルランド、ダブリン。


“中央”直轄医療研究施設。国立グレート・ブラスケット病院。 



「お久しぶりです。エレン先生。」



ΡΦ・・・E.L.E.R.F.(エレーフ)、創始者5名のファーストネーム。

その頭文字を並べた最初の“E”



エレン・ラファティ。




「お元気そうね、朽木君。また若返ったんじゃないの?」






驚くべき事に彼女は存命していた。推定80代。現世界では奇跡と言える


「まぁ・・・自分を人体実験に使いましたからねぇ。」



目深にかぶったフード。顔は見えない。

ただその下端からわずかに覗く、彼女の口元が静かに微笑むのが見えた。



「それで?昔話をしに来た訳じゃないでしょ?こんな最果ての島国まで。」


「いきなりですね。お義母さん。」

俺の死別した女房、イスカリオテ・セブンマスターの一人。

プーカ・ラファティ。

・・・エレンはその母親だ。



「話していただけませんか?ΡΦ・・・エレーフ、その本質を。」


窓の外には鉛色の空が広がっていた。幾層にも重なる重い雲。

・・・この空は、嫌いじゃない。


「もう気付いてるんでしょ?だからここに来たのね。」

窓際に飾ってあるクリスマス・リースから目を離し、彼女の口元に視線を移す。

そして俺は、静かに言葉を吐いた。


「Nirvana(ニルヴァーナ)。」


彼女の唇が、再び笑みの形を見せた。その唇は決して老人のそれではなかった。

艶やかで潤んだ、どう見ても20代のような唇。

その唇が静かに動き始めた。






「・・・世界はね、繋がっているのよ。このクリスマス・リースのように、しっかりと」























最終コマンドを要求して来た端末に、キーを打ち込む。



「Kogito-Elgo-Sum」




コギト・エルゴスム・・・・“我考える。故に、我有り”。

「彼女」達の自我を解放する実行コマンド・・・呪文だ。



かつて俺たちは“原体”=ギガントロプスの体内から、256個の胚を抽出し、

ホムンクルス“DOLL”を生成した。原体より、更にヒトに近いモノとして。

DOLL-HOUSEとは、それらを生み出すために作られたプラントの総称だ。

その目的はDOLLを構成するインモータルシエル(不死細胞)の採取。

その方法は、古来から伝わるギガントロプスの観察記録である

“裔家総儀録”を検証し、構築された。

すなわち、殺し合わせる事。

生き残ったDOLLは、倒した片方から身体能力を含めたその“力”を受け継ぐ。

DNAレベルからより強靭に、そして急速に強靭に進化していく細胞。

その過程を俺たちは「濃縮」と呼んだ。そして最終的に生き残る“MASTER−DOLL”。

“彼女”を構成するT抗原DNAには、Ω(オメガ)の名が与えられた。

ヒトを変質させ滅ぼす“α”に対抗する為には、このΩを使うしかなかった。

それが猛毒だと解かっていてもだ。

蟲毒の壷から生まれた呪詛。ヒトがヒトらしく滅びる道は、此処で絶たれた訳だ。




俺は深く息を吸い込み、吐き出した。

吐息は白く染まり、冷え切った部屋に立ち込め消えていく。

そして、ボタンを押す。










ENTER。












1.


沈黙。気だるい空気。思わせぶりな微笑み。

「その名前を語るのは禁忌よ、朽木君。いいのね?」

俺は軽く頷いた。



4年前・アイルランド・ダブリン。



「ΡΦ・・・エレーフという組織の登場は、大災厄下のこの世界において

 確かに“誰もが待ち望んでいたもの”だったのかも知れません。

 基本的に各国の自治に任せる、緩やかなコミュニティー的スタイルは抵抗も少ない。

 ただ・・・あまりにも上手く行き過ぎだ。

 例え国家間の枠を超えた、中央対策委員会の設立が最大の目的だったとしても、

 ”中央(The Central)”の権限は度を越えている。

 それどころかΡΦの意思決定機関と化していますよね。

 それでも外見上スムーズに運営されているのは、何らかのバックボーンがなければ成立しない。」

「それがNirvana(ニルヴァーナ)だと?」

「ええ。まぁ、俺の想像というか、ひとりよがりの妄想ですけど。」

「嘘おっしゃい、“プロフェッサー”。あなたが私に自分の妄想を話すものですか。」

「いやいや・・・独りよがりの勝手な妄想ですが、聞いて頂けます?エレン先生。」


彼女は静かに頷いた。


エレン・ラファティ。かつての恩師であり、俺の死んだ女房、プーカ・ラファティの母親。

こうして会うのは・・・プーカの葬儀以来だから、十数年ぶりか。

俺とプーカを“中央”にスカウトしたのも彼女だ。

思えばあの時から、このプロットは出来上がっていたんだろうな。・・・いや、それ以前か。


「ΡΦ・・・これをエレーフと読ませる。今でこそ浸透していますが、改めて思えばおかしいでよね。

 一般にはただのロゴマークにしか見えない。適当な意味さえ付けておけば安心する。

 まぁエレーフ(ERERF)は創始者5名のファーストネームを繋ぎ合わせた、としましょう。問題はΡΦ

 ΡΦ?ピープルズ・ファイ?人々が一つの輪の中に?・・・かなり苦しいですねぇ。」

「あなたはどう解いたの?」

は文字として、Φは形として意味を持たせているんじゃないですか?

 Propateer(原父)。グノーシスにおける“偽の神を退ける、真の神”。

 Φは・・・に分けて意味を考えていけば解けますね。

 はこの星を示し、は其処に立つたった一つの者。すなわち・・・“原体”。」


彼女は優しく微笑んでいる。少なくとも口元だけはそう見えた。

病室の外に広がる空は、その色をより一層深め、今にも叫び出しそうに見えた。


「偽の作られた神々である“ヒト”を退け

 真の神である“The One”を光臨させる。

 すべての“ヒト”を、母なる原体(The One)に戻す。

 ・・・まさにあなた方“Nirvana”の根源ですよね?」


空は叫び声を上げ、白い花びらを吐き出した。

彼女の微笑みが、更に強く俺を威圧した。




2.



甲高い獣の咆哮が“端末”の音声モニターから叫びを上げている。

音声モニターオフ。

音の消されたライブビューワーに映し出されているもの。

鮮血。肉片。牝の獣達。

引き千切られた手足。引きずり出された内臓。

噛み付かれた喉元から噴出す鮮血。そして

瞬く間に再生されていく体。

美しく同じ顔形をした不死の女達が、何時果てるともしれない殺し合いを繰り広げる。


かつてのDOLL−HOUSEでは、同様の事が“DOLL”を使って日々ルーチンに展開されていた。

ギガントロプスの特性を色濃く残した彼女達。それは“自分以外の同種を認めない”という事。

それ故に彼女達は、本能的に殺し合う。不死に近い体を持つ為に、再生を繰り返しながら。

何故殺しあうのか?・・・その答えは、彼女達がたった一つのモノから複製された事に起因している。

彼女達は、戻ろうとしているのだ。本来の姿に。


The One。“唯一の存在”。


俺たちが裔家の井戸の奥深くから発見した、ギガントロプスの“原体”。

姿は現在のヒトと変わらない、全長約24mの巨人。ダブルエックス・・・


俺たちは認めざるを得なかった。全てのデータがそれを裏付けた。

永久機関的に作用する、完全な不死細胞(インモータル・シエル)をもつこの存在。

7人のイブ達の母体。母体の特性とは全く逆の、老化と死を持って誕生した原初の7人。

その子供であるヒト。すなわち俺達は、ここより生まれ落ちた。牡と雌に分かれて。


ただ・・・何故お前は、俺達と同じ姿をしているんだ?


モニターをオフにする。恐らくまだしばらくは時間がかかるはずだ。

冷めたコーヒーをすすり、飲み干した。



今俺が始めた事は、過去第12分室(イスカリオテ)で行った事と決定的に異なる点がある。

それはこれがDOLLではなく“MASTER−DOLL”達であると言う事だ。


MASTER−DOLL・・・生き残った最後のDOLL。

コードネーム“クイーン・オブ・ジ・ドール、マスタードールNo.0”

「Tir-na-nog(ティル・ナ・ノーグ)」

F.Bすべてのアーキテクト(雛形)だ。


F.B。FemBattler実験。

MasterDollを構成するΩは、αを駆逐する程強靭なものだ。

劣化のない無限再生を繰り返す・・・不死細胞(インモータルシエル)。

ただそれをそのままヒトに組み込むと、α以上の劇症を引き起こし死に至る。

強すぎるのだ。

そこで俺達は、特定のベクターにΩの一部を組み込み、DNAワクチンとしてヒトに投与した。

この世界の生き残った女性達が定期的に投与する、自身の女性ホルモンから精製される臨時抗体の中に潜ませて。


ミスマッチゼロの“適合者”は256人。256・・・あまりにも作為的な数字。

彼女達の体内では、既に不死化が進行していた。


“The One(原体)”からヒトへのΩを渡す最後の受け皿。

MasterDollとヒトとのハイブリッド、FemBattler。

F.B.実験とは、人にΩを渡す際の最後の段階を指す。・・・最後の“濃縮”

つまり、不死化した女性同士の徹底的な殺し合いだ。


DOLL−HOUSE実験終了後、「Tir-na-nog(ティル・ナ・ノーグ)」はΩ抽出の為に分解された。

ただ、俺にはどうしても腑に落ちない事があった。それが心の奥底で大きな黒いしこりを残した。

しかし、時間がない。こうして居る間にも人は減り続けている。

そこで俺は分解直前、秘密裏に“彼女”を複製し、建設中の“ガラタ”に隠した。

複製数32体。公式に検証用として残した6体とは全く別に。



俺は今、地獄への扉を開けた。

本来はそこで終わる筈だったMASTER−DOLL。そこから一歩先の闇に踏み込んだ。

「Tir-na-nog(ティル・ナ・ノーグ)」32体の殺し合い。延々と続く地獄絵図。

既にこの世のものではない。


当時俺が知りたかった事は、彼女達のその先だった。

お前たちが行き着く先は、一体何なんだ?

The Oneか? それとも・・・。


だが、もういい。俺には解かってしまった。

4年前の冬。エレン・ラファティの言葉から。


里美ちゃん。次は俺の番だ。

今度は俺が“贄”になる。




3.




凍てついた石の街に白い風花が舞う。

厳重にシーリングされた、暖かいはずの病室がやけに寒く感じた。

あたりまえだ。何故ならその時俺は、本当の闇に対峙していたのだから。


「裔 蔦子・・・ご存知ですよね?」

「裔家最後の当主のこと?」

「ええ。」



全ての発端“裔家総儀録”

スキャニングされROMに収められた文書一式と

ギガントロプスDNAの解読データ。

そして、一枚の写真。

そこに写されたものは、20代後半の容姿、美しく、妖しげな微笑を浮かべる女性。

“裔 蔦子”

記録に記された、裔家最後の当主。

完全にヒト化した、純血のギガントロプス。


「俺達は裔家総儀録を“ギガントロプスの定点観察記録”と読み解きました。

 生まれたばかりの子供を土蔵に幽閉したのは、第二次性徴期までの成長の際

 本来の姿・・・巨大化するのを抑える目的だ。つまり成長抑制。

 双子の誕生と殺し合い。あれは・・・受胎儀式。

 2つに分かれた体を再び一つに戻し、再度体内に取り入れ構築し、再び受胎する。

 いわば“完全生命体”である為の彼女達の、命の循環。

 増えず、巨大化せず、あえて複製を作り、死の交換で不死をも抑制する。

 ヒトと同じサイズを保つ為にね。

 あの家の女達が代々繰り返して来た事は、この世界に溶け込む為の通過儀礼。

 長い年月をかけて・・・最後の“蔦子”の代まで。」

「2000年代の初頭までね。」

「生き残った新しい当主。そして先代当主である母親が“山帰り”によって消え

 当主の座を次代に渡す。・・・消える?死ぬわけではない、“消える”。

 彼女達に死も老いも存在しない。では何処へ消える?

 山?黒山?・・・もしそれなら黒山は前当主達で溢れてしまう。なにせ死なないのだから。

 何処へ?・・・山帰りの“山”とは・・・胎内に帰るということ。つまり

 母 親 は 娘 に 喰 わ れ た 。



これで“ヒトの世にまぎれて生きるギガントロプス”である彼女の、命の循環は終了する。

一つの時代にギガントロプスは一人。生きる事を許されたのはたった一人。

もし、少数なりとも数が増えてきたのだとしたら、本来のサイズで生き延びていたとしても

・・・多分狩られていた。何十億という軍隊アリの中に身を晒すようなものだ。

例え化物のように強い猫でも・・・数億匹の鼠の前では、ただの餌だ



「それがNirvanaと、どんな関係が?」

「良く似ているんですよね、あいつらと。

 裔の女達を代々保護してきたあの国の“千代田機関”

 皇家直轄の“ある意図を持って活動してきた”組織。

 最初俺たちは、あいつらがその国の王の為に、いずれ利用する為に

 あえて外部との関わりを絶たせて手厚く保護して来た、と考えてきました。

 象徴としての巨人は、かなり利用価値があると。

 ほら、あの国のあの地域・・・九州は渡来の巨人伝承がもともとありましたから

 都合がよかったのかな、と。」

「猿田毘古神信仰の事?」

「よくご存知で。」



日本神話に出てくる中では珍しい巨人の神。国つ神。

他にも大人弥五郎など、あの地はもともと巨人伝承が豊富だ。

そして天孫降臨伝説の地でもある。


「でも俺たちは、大きな間違いを犯していた。気付くべきだった。

 保護してきたんじゃない、育成していたんだ。自らの神をね。

 定点観察記録なんかじゃない。裔家総儀録・・・あれは

 “ギガントロプスのヒト化プロセスの実験記録”

 ねぇ、エレン先生。千代田機関はあの国の王に仕える組織ではなく

 Nirvanaの端末のひとつですよね。“紅”と同様の。」



エレン・ラファティは答えなかった。ただ微笑むだけ。

“よく出来たわね、朽木君”

大昔、ゼミで俺やプーカに返した時と、同じ微笑み。



「裔 蔦子が取った行動は自らの意思によるものだったんですか?

 自身の受け皿である娘を殺し、家に火を放ち、あの家の歴史を閉じた。

 それともあなた方がそうさせたのですか?

 そ の 時 が 来 た か ら 。



俺たちが発見した原体は、彼女と瓜二つだった。

いや、最終的な段階に解放させられた彼女そのもの。

裔 蔦子はその時、この世界の“神”となったのか?




4.




モニターには、DOLL−HOUSE内での殺戮の模様が流れ続けていた。

殺し合うMASTER−DOLL達。

再生を繰り返す、不死の人形達。

あの日・・・エレン・ラファティの口から語られた真実。

真実に辿り着いたと思い込んでいた。少なくともその時までは。

しかし・・・その後俺は思い知る。いきなりその先の深奥に叩き落されたからだ。


4年前の出来事を思い出す度、未だに背筋が冷たくなる。

冷たい・・・というか、


・・・・寒ッ!!


なんてこった。


俺は夕方から部屋の明かりやヒーターもつけずに没頭していたのか。

やれやれ。

とりあえず明かりをつけようと月明かりを頼りにスイッチを探す。




つかない。

スイッチを押しても、明かりが灯らない。





気配は感じなかった。


リビングの入り口、月明かりを背した人影が俺の足元まで延びて来る。



「こんばんわ、朽木先生。」


女の声がした。あの娘の声だ。


「影を見せるなんて“殺手”失格じゃないか?」

声がくすっ、と笑う。


「そうですね。でもしょうがないじゃないですか。」


そうだよな。お前は自分の名を俺に教えたんだ。

つまりは、消すって事だよな。



なぁ、萌蘭。


5.




「いつ気付いたの?」

エレン・ラファティが口を開いた。



4年前・グレートブラスケット国立病院

ダブリン・アイルランド。



「ディーナ・シー事件の時からですよ。」



ディーナ・シー(Daoine Sidhe)事件。


約10年近く前、当時エレーフの人材育成機関として設立された連邦女子士官予備学校

「ディーナ・シー(Daoine Sidhe)」

そこで起きた全校生徒を巻き込んだ集団死亡事件の事だ。

在学者256人の内、254人が死亡。生存者1人。行方不明者1人という大惨事だった。

テロとも、αの変異体発生による集団感染死亡とも囁かれたが、結局実験研修中に起きた爆発事故として処理された。

だが真相は当時の俺達、「イスカリオテ」を以ってしても掴みきれなかった。何せ全てが広大な施設ごと消えたからだ。


生存者の名は、
サトミ・タチバナ。

行方不明者は、エリ・レアリー。


「確かあなたが代表者でしたね?エレン先生。」

「ええ。当時は様々な機関の代表を兼務していたから。すべて名目上だけどね。」

「実質的に、でしょ?特にディーナ・シーに関しては。」

「何が言いたいの?朽木君。」

「256個の胚。256体のDOLL。256人の生徒。

 生き残りはどちらもたった1人・・・いや、1体か。

「 だ か ら 、 何 が 言 い た い の ? 」

「エレン先生。あれは・・・F.Bですよね。もうひとつの。」



窓の外に白く冷たい花が舞う。

エレン・ラファティはこちらを向いて微笑んでいる。少なくとも口元は。

フードの下に影で隠れたその顔は、怒りに震えているのだろうか?悲しんでいるのだろうか?

それとも・・・・。



「FB・・・似て非なるものねぇ。

 だってあの娘達に投与したのは、The Oneの“それ”だもの。」

「・・・・まさか!それは絶対無理の筈だッ!そもそも・・・“合わない”。」

「普通の人間ならね。・・・でもね、朽木君。あの娘達にはその“資格”があったの。」

「資格?」

「あの256人の娘達のうち254人は、“あの娘”のダミーボディなの。

 The Oneの子供である私たちが、MOTHERの為に用意したなのよ。」

「・・・エレン先生。あなた達“Nirvana”は、一体・・・。」

あの娘は元気?イスカリオテの後釜である“マティア”は。

 ・・・橘 里美の仕上がりは順調?




6.




男と女の影が、月明かりに照らされた部屋に映し出される。

一瞬のまばたき。

女の影が俺の前から消えた。


その刹那、俺は床に叩きつけられた。


片手は俺の首を押さえ、もう片方は手刀と化して

獲物を貫く為に鋭く構える。

「答えろ・・・答えろ!朽木ッ!!あの写真は何だ!?

 何故お前が持っている!何故あいつが生きている!?

 あいつは・・・私の“片翼”は、わたしがこの手で殺した筈だ!!

 萌華・・・なぜわたしの前に引きずり出した!答えろ!!」


凄まじい形相で彼女が迫る。

そうだ萌蘭。お前には俺を殺す権利がある。

俺はそれを受ける義務がある。


しかし・・・お前は本当に・・・。

眼なんかあいつにそっくりじゃないか。


あの日、プーカが俺に言った。

俺の代わりに、体に宿したばかりの娘を奴らに渡したと。



“紅(ファン)”。大陸で派生した秘密組織。

幼い娘達を特殊な方法で育成し、超一流の殺手(サーソ)に仕上げ

闇の世界で恐れられた伝説の機関。

その香主(ジャンジュ/頭目)にのみ与えられた特別な称号。


“萌蘭””萌華”。


一つの時代にこの二つの名はほんの一瞬しか存在しない。

主を決める冷徹な掟“萌闘”によって、殺し合わせ

生き残ったより強いどちらかを香主に据える。


似過ぎている。そっくりだ、この仕組みは。



なぁ・・・プーカ。何故俺にそれを打ち明けた?


当時俺がNirvanaを追い始め、消えた千代田機関に迫り

“紅”に辿り着いた時、全てを知っていたお前は

その秘密に耐え切れなくなったのか?

いや・・・お前も操り人形だったんだよな。俺と同じ。

ただなぁ・・・何故逃げた?一緒に闘わず、死を選んだ?



お前が悩まず、“紅”が消えてしまう前に俺に打ちあけてくれれば・・・

俺は生まれてくるあの子の為に、名前まで用意していたんだぜ。

あの時・・・まだ間に合ったかも知れないんだ。

俺も、お前も、そして俺たちの娘、“野乃”も。



「萌蘭。いや、エリ・レアリー。
 
真実を知りたいか?」

「ええ。それで全てが終わるなら」



終わりじゃない、これから始まるんだよ、野乃(ノノ)。




7.




「里美ちゃん・・・いや、橘 里美とは、一体何なんです?」


「あら朽木君、まだ解からないの?」



4年前のあの日・・・俺は真実を知った。

それを目の当りにした



「その答えは、今あなたの目の前にいるわ。」



エレン・ラファティの腕がゆっくり持ち上がる。



「私はE.L.E.R.Fの最初の“E”。

 私たち5人はね、この世界の人柱に志願したの

 私はその最後の生き残り。」



彼女の腕が、フードに手をかける。



「あなたの考えるこれからの世界、手に取るように解かるわ。

 多分二つの結末ね。でもあなたはまだ、希望を捨てていない。

 ぎりぎりだけどまだ大丈夫、と思っている。いわば最良のケースね。」



フードを外す。




「見なさい朽木君。」
「あなたが想定した“もうひとつの結末”を。」





そこにエレン・ラファティは居なかった。

20代後半の容姿、美しく、妖しげな微笑を浮かべる女。





「裔・・・蔦 子。」






俺はその時、全てを理解した。


最悪だ。





8.




朝靄を切り裂いて、ヘリのサーチライトが俺達を照らす。

冷たい風が吹き上げる。



「何故あそこに?」



俺を睨み、萌蘭が呟く。



「お前が知りたい、真実があるからさ。」



ホバリングを経て着地。

ゆっくりとタラップが降りてくる。




最後を看取ってくれるのが君でないのは

なんとも心残りだが、まぁ当然の報いだな。

そうだろ?里美ちゃん。

おれの手は赤を通り越して、既に黒く染まっている。

沢山の娘達の叫びが、俺の背中を強く押す。


真実を知った4年前から

構築し直したデータの在り処は

あとでこの子に伝えておく。君の“恋人”にね。



昔、君と初めて出会った頃、

頬を殴りつけたその手が

こんな俺を正気に戻してくれた。

ありがとう。愛しているよ、里美ちゃん。

俺はこれから再び狂気に戻る。

自分の操り糸を断つためにね。




「さて行こうか、ガラタへ。この世の果てに。」